来月でネットアップに入社してちょうど3年になりますが、毎年さまざまな変化の中で仕事をしてきており、ネットアップでの約3年は、私のこれまでの10数年にわたるIT業界での経歴の中でも、いろいろな意味で刺激的な時間でした。
でも、単にネットアップがストレージ専業ベンダーとしてユニークで業界トップを争うポジションにいたとか、さまざまな刺激的な変化や環境に身をおくことができたというだけで、ここまで続けてこられたのではないように感じています。
それ以外の大きな理由。
ちょっとうまく説明できないんですが、なんというか、ネットアップという企業が持つ、社員を包む雰囲気というかアイデンティティを決定づけている根源的なスピリットとでもいうべき部分が、心に響いてくるところがあって、それにインスパイアされてきたという気がしています。
これって、いわゆる企業文化というのともちょっと違う気がするんですが、うまく説明できないですね。ただ、前職時代にはあまり感じることができなかった感覚で、その前の会社ではとてもよく似た感覚の中で仕事をしていたことを覚えています。
それが形として見えた一例として、4月にこんなことがありました。
ネットアップに入社したのは2006年1月のことでしたが、ちょうどその月に母がすい臓がんであることがわかりました。以来、2年4ヶ月にわたって闘病を続け、私も看病をしてきましたが、その甲斐もなくこの4月に帰らぬ人となりました。
入社以来ずっと仕事が忙しく、職場環境もさまざまな変化があり、母をまともに看病することができないくらいでしたので、正直転職することも何度となく考えましたが、同じ職場の同僚や本社のカウンターになっている各部門の担当者の支えもあり(といって、一人を除いて誰一人として私の置かれた状況を知っている人はおりませんでしたが)、先に述べたスピリットのようなものに支えられて仕事を続けることができました。
そして、母が他界したことを会社に連絡し、忌引きの間に代わりに対応してもらいたい業務についての指示をメールで対応していたときのことでした。
1通のメールが送られてきました。
現在ネットアップの副会長で、当時はネットアップ本社の社長であった、トム・メンドーザからでした。
日本法人社長の大家が、私の面識のある本社のエグゼクティブやマーケティング部門のマネジメントに、母の他界を知らせたらしいのですが、真っ先にメールをくれたのが日本法人ふくめてトム・メンドーザが最初でした。
その内容は、決して秘書などに書かせたものではなく、トム・メンドーザ自身によって書かれたものと思えるものでした。アメリカ西海岸の時間で深夜のことです。そこには心からのお悔やみの言葉が、極東の一社員に向けてきちんと綴られていました。
そのメールを読んだ私は、思わず
「いままで、色々つらい思いや大変なことも経験してきたけど、世の中にこんなにも辛いことがあったなんて、その瞬間まで知らなかったし、できることなら知りたくなかった。。」
というメールを返したのですが、その5分後にはまたすぐ返信がありました。そこには、
自分も数年前に、自分にとっての親友であり何者にも代えがたい父を亡くしたこと。そして、一緒に過ごせた日々は自分にとってすばらしく幸福な日々であり、いまでもいつだって父に会えなくてさびしいと感じる一方で、父を思い出すたびにすばらしかった日々がよみがえり、笑顔になれるのだと。
時と未来だけが悲しみを癒してくれる唯一のことなのだ。Yoshiの悲しみは自分のことのように感じられるし、いつの日かまた明るく過ごせるようになれることをいつも祈っている。
というような言葉をくれました。
会社のトップがアジアの一国で働く一介の社員に、すぐさま自身の手でその思いを言葉にして送ってくれる、そういうことができる人が多い会社なのです。トム・メンドーザのあとにも、自身の同じような辛い体験をメールにしたため、これまで以上にサポートするので、これからも一緒に仕事していこうとメールをくれた社員は本社、日本法人などふくめ、わずか1日たらずで30人以上になりました。
こうした、ネットアップを支える人々の何かに支えられてここまで来ることができました。
自分にとってはとてもつらい1年でしたが、この先、母を思うときは常に笑顔を心がけて、また新しい年を過ごしていきたいと思っています。
それでは皆様、まもなく2009年です。
皆様にとって2009年が幸せな年になりますように。
良いお年をお迎えください。
